
「人道の港 敦賀ムゼウム」は敦賀港の一角にあった。1940年、いのちのビザを発行し、ナチスドイツの迫害から約6000人尊い命を救った外交官「杉原千畝」と敦賀港のつながりの展示であった。洋館の中に写真や資料、動画などあつめて展示してあり、戦争という非人道的な時局にあって、人命を第一に守った杉原千畝の勇気ある生き方に感動した。
「苦慮、苦悶のあげく、私はついに人道、博愛精神第一という結論を得た。」この決断の結果、多くのユダヤ人たちが、シベリア経由で約6000人、敦賀港に上陸したと言われている。ドキュメンタリー番組で、救護された当時を振り返るユダヤ人のインタビューがあった。「夢のようでした。神の手に誘われるようにして私たちは敦賀の港に入ったのです。」
昨日、紹介した韓国船救護の話を思い出した。韓国人の礼状には「死の境に至るとき、あなたの国に至る。夢の如し」とある。海に人道の話がたくさんある。敦賀と小浜、このような話を青少年の旅の教材にしていきたい。
若狭湾青少年自然の家を基点に、歴史を巡ったり、いのちの学習をテーマに回るコースが組めそうだ。
コメントの投稿