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  • Author:海人KAZU 
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    これまでの記事はソースとして残し、以後は、若狭湾応援団として、若狭湾周辺で展開する自然体験を中心にしたワクワク記事を書いて行きます。

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海の道をゆく

 自分探しの旅の中で見つけたのは海の道。
 若狭湾の小さな漁村で生まれた私にとって、目の前に広がり続く海の方を向いて進む道を探して来たような気がする。確かに今は海の時代ではなく、陸の交通網を中心にした時代である。海の発想をしていくには海に暮らし、海で遊んで、海のアンテナを広げないとできない。

 沖縄へ行くと、懐かしい気持ちになる。「イチャリバチョーデ」という合い言葉がある。会えば兄弟といった意味だ。これは、海で生活し、海で出会う人たちの精神文化として、分かり易い。たしか昭和40年代までは、私の住む漁村も同じような精神文化、人情があったような気がする。高度経済成長の時代になり、民宿が始まって、都会の空気や考え方が入って来て、村が変わって行ったのを記憶している。

 私の家で初めて民宿のお客さんが泊った時のこと、私は中学1年生だった。
 関西から来た二人の男性の客を誠心誠意もてなした。夕食までに船を出してキス釣りにも案内した。母は精一杯の料理を作り、父は海から獲って来た魚で刺身をつくった。我が家は、平屋に一部屋二階があるようなつつましやかな家だったが、それでも家族でこぎれいにして迎えた。
 翌日、お客さんが帰る時間になった。さいふを忘れてきたので、帰ってから送るという話だった。素朴な漁民にとって、疑うこともなく見送った。……それきりだった。何の連絡も無かった。
 これが民宿の第1号のお客さんだった。それから4〜5年民宿をした時期があったが、その後はそんなことはなかった。いい出会いも多く会った。
 今の時代から思えば、何とあまいことをしているのと思うだろうが、当時はそんな人情だった。中学1年生の私は、初めて人にだまされるという経験をした。当時は家に鍵をかけることもなかったし、何もかもオープンな感じだった。
 最初にマイナスの経験をしたが、私の中で海のおおらかさ「イチャリバチョーデ」という海の民の合い言葉は、今も心地よい言葉として響いている。

 1900年、私の住む村に真冬の海で遭難した韓国船が漂着し、村人総出で救護した歴史がある。
 日清戦争から日露戦争の頃、国同士は厳しい状況にあったが、民衆は国境をこえて心をつなぎあった。村の海岸に「海は人をつなぐ母の如し」と刻んだ記念碑が海を見つめている。
 海の道をイメージするとき、地理的な海道だけでなく、海に暮らす人たち、海を行き交う人たちの心を想像する。この国は海の国だ。しかし、発想が陸に閉じ込められているように感じるときがある。海の精神文化を失っては行けないと思う。
 若狭湾に来る青少年が、海の体験、海の風景、海の出会いを通じて、海の国の大きな心を学んで欲しい。

イチャリバ1
石垣島にて

海を越えて来た韓国の学生さんと

 韓国の大学生が、日本の海岸に打ち上げられた漂着ゴミを拾いながら、鳥取県の境港から若狭湾まで旅をしてきています。昨年と、一昨年は6月頃でした。自転車で移動しながら鳥取県からやってきました。ご縁があって内外海小学校をゴールになっていました。
 
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今年は、冬なのでバスで移動しながらの来校です。今年は1年生が中心になって歓迎交流をしました。1年生は韓国の童謡「故郷の春」をハングルで歌いました。「ナーエーサルドン コッヒャーウン コッピーヌンサンコール…」ハングルで歌う1年生に韓国大学生はびっくり、大きな拍手がわきあがりました。次に「ソーラン」を踊って、これもまた拍手大喝采。今度は、韓国の大学生とソーランを一緒に踊りました。 今度は、大学生から「おたまじゃくし」が出てくる韓国の童謡を教えてもらいました。そのあと楽しいゲームを教えてもらって、うれしい笑顔です。
 1年生の手作りのしおりをプレゼントして、サインを交換して、1年生が作った梅ジュースを飲んで自由に話しをしました。とても楽しい交流でした。今日の1年生の国際交流、子どもたちの笑顔が光るうれしい時間でした。

大漁旗を立てて山に植樹

今日は、いよいよ植樹の日です。
 これまの、ふるさと学習、海の学習をもとに、山に植樹をする計画をして進めてきました。
 6年生は、小浜水産高校生と一緒にアマモ定植に関わり、若狭の特産のなれ寿司を作って、ふるさと祭りで買ってもらい植樹の資金を集めました。
 5年生は、春にとったワカメを袋詰めにして保存し、秋に京都の出町柳商店街で配布し、植樹の募金も集めました。
 植樹をする場所は、学校の裏山です。ここに7月に「志の道」を開き、子どもたちが登ってなじんでいる山です。展望台から海を一望できます。海と山のつながりを感じるにはぴったりの場所です。

 今回のプロジェクトに、多くの方が協力してくださいました。
 嶺南振興局林業水産部、小浜市農林水産課、福井県猟友会小浜支部、内外海地区の漁業者、老人会、OBの校長先生、環境アセスメントセンター
 そして、小浜水産高校海洋科学科の2年生の生徒の皆さんが来てくれました。
 5年生と6年生の子どもたちと合わせて60名にもなりました。

 嶺南振興局の藤井さんから、苗の植え方の説明をしていただき、苗や道具を担いで山に登りました。日当たりのいい場所10ヶ所に穴をほって植樹をしました。支柱をたて、鹿害防止ネットをかぶせて仕上がりです。
 最後に、展望台で記念写真や、セレモニーをしました。子どもたちのプロジェクトに対し、沢山の激励のスピーチをいただきました。5年生、6年生の代表が、お礼の言葉と、未来へのメッセージをこめてあいさつをしました。
 最後に、みんなで、万歳をして、植樹は終わりました。
 
 植えたのは、桜(ソメイヨシノ)5本とドングリ5本です。
 木が大きくなって、子どもたちも成長し、ここに立つとき、志を忘れず、すばらしいふるさとに感謝しながら、志をもって歩んでいってほしいと願っています。
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海道をゆく 小浜港に帰港

雲龍丸は、今、経ケ崎を回って若狭湾に入ろうとしているところです。まだ、暗闇の海の向こうから一筋の光が見えてきます。あれは、経ケ崎灯台の光です。4時半、この光を見ながら雲龍丸は若狭湾に入ってきました。子どもたちはベッドで静かに寝ています。
海道をゆく、この旅もいよいよ終わりに近づいてきました。海を越えて、新しい地に向かい、そこで出会った人との交流は、子供たちの人生のページの中で、大切な一ページになるでしょうか。隠岐を出発する朝早く、見送ってくれた磯小学校の子どもたちや先生方、保護者の皆さん、子どもたちと胸が熱くなり、お互いの姿が見えなくなるまで手を振っていました。
あれから、子どもたちの顔つきが少し変わったように思うのは、思い込みでしょうか。それまで船室で過ごしがちだった子どもたちが甲板に出て海を見たり、仲間とはしゃいだり、笑顔にあふれています。海いの生活に慣れてきたのでしょう。
昨日の朝は、無線室で気象通報を聞かせてもらいました。健斗君のお父さんの声です。隠岐から境港に向かう船の中で、オバマ漁業無線局の放送が聞けたのは貴重な体験でした。耳を傾けている子どもたちの顔、こうして海の安全を守ってくれる多くの方がいること、真剣な現場を体感して、また、顔つきが少し変わったように感じました。
あと2時間ほどで小浜湾に入るころです。
海道をゆく、この旅は、子どもたちにとって多くの新しい体験がありました。最初は不安もありましたが、それを乗り越え、仲間と手をつないで、この旅をやり終えようとしています。全て、予定通り、有意義にやりおえようとしています。
 昨夜の前線通過で、少し荒れた海も体験しました。鳥取沖から、前線の影響で船が揺れ、これまでの平坦な海面とは違う海になりました。ベッドの上で、天井を見ながら、少し不安になっていた子どもたち。しかし、また、海は元に戻ってきました。
夜も徹してこの船を操縦し、働いてくださっている雲龍丸の荒木船長はじめ、乗組員のみなさん、子どもたちは、守ってくれる人のこと、感謝をより感じたのでしょう。船に乗船、下船する時も、大きな声で、毎回いい挨拶ができました。
今回の旅は、携帯から写真と簡易な記事で、旅の報告をしました。保護者の皆さんから、多くのコメントいただきありがとうございました。コメントを拝見しながら、また、胸が熱くなりました。活動の様子をみながら、保護者の皆様も一緒に海道をゆく、旅をしていただいたのです。そして、子供たちを励まし、距離をおいて子どもたちの成長を見ていただいた。子どもたちは、応援してくれる人がいるということを親と離れて、これまでより大きく感じたのでは。
若狭湾がようやく少し明るくなってきました。冠島がみえます。ここを越えると小浜が見えてきます。すべて感謝です。

海道をゆく 隠岐への海道

航海記「海道をゆく」 小浜〜隠岐〜境港〜小浜   
           2012.10.9---12
        〜 海を越えた13人の子どもたちの記録 〜
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「海道をゆく」子どもたちは初めて海を越えた。雲龍丸に乗船して隠岐へ向かい、磯小学校の子どもたちと交流した。お互いのふるさとを発表・紹介し合い、ふるさとの良さを再発見した。隠岐に向かう海上から能登半島から対馬まで本土の半分が遠望できた。この国は海上に浮かぶ島。若狭湾の方から美しい朝日が昇って来た。小浜〜隠岐〜境港〜小浜、この航路は、往時の北前船の海道を体感出来る。小浜から隠岐や境港へ交通機関を使って行くと遠い。しかし、船で行けば一筆で行ける。船酔いなど苦しい場面も乗り越えて、海を越えた子どもたちは、また一回り成長してたくましい面構えになった。入港、出港、そして沖合でも、雲龍丸のナビデッキに上って海から山や港の風景を見たので、海から見たこの国の形はインプットされたにちがいない。今回の旅で、海を越えて出会った人のこと、新しい見聞、ふるさとの再発見、そして、自分自身の再発見、これらの体験や学びを今後の進路に活かして欲しい。

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■小浜港を出港

 10月9日17時、小浜港から出港。出港式には、保護者はじめ多くの皆さんが見送りに来てくださった。五色の紙テープが船と岸壁をつないでいた。船が離れて行く。「いってきます!」子どもたちが叫ぶ。手を振ってくれる皆さん。80人を越える方が見送ってくださった。漁連の屋上の上からも手を降ってくれている。食文化館の方からも手を振ってくれている。こんなに多くの人に見守られて出港出来る子供たちは幸せです。船が小浜湾に出て、人が見えなくなるまで、手をふってくれていた。海の旅は心があふれる。

 船は夕焼けの小浜湾を滑るように沖へ向かう。船で一番高いナビデッキで遠ざかる故郷の風景をいつまでも見ていた。

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■海からこの国を見る

 10月10日、早朝5時、天気晴れ。隠岐の島まであと少しの海域まで来ている。まだ薄暗い。甲板からようやく薄明るくなってきた空を望む。水平線のように遠くなった若狭湾の方角から朝日が上ってきた。日本列島が遠望できる。北は能登半島あたりまで見える。若狭湾のところは山の連なりは切れて、丹後半島からまた山が続く。鳥取県にそびえる大山(標高1727m)が見える。さらに南の海上にに対馬が見える。この国の形が半分近く見えるのだ。

 朝6時半、子供たちとナビデッキに上ってこの景色を見た。「すごい!」目を見張って感動している子もいた。海からこの国を見せたいと願っていたが、天候に恵まれて実現した。最高の船旅だ。

 船の進路の方向に隠岐が見えてきた。島後が大きく、島前が左手に小さく見える。これから始まる隠岐の島でのうれしい出会い。楽しみだ。

スクールバスで礒小学校へ向かう。磯小学校は西郷港から続く入江にある美しい学校。景観が内外海小学校とよく似ている。

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学校に入ると6年生が迎えてくれた。ホールで交流会。自己紹介。少し緊張している子供たち。しかし、発表でユーモアが入るとみんな笑って気持ちがほぐれ始めた。お互いのふるさとを紹介、内外海小は、これまで学習して来た内外海の良さを紹介した、そして実習で作ったなれ寿司を心をこめてプレゼントした。作り方のレシピもつけた。内外海紹介パンフレットも渡した。磯小学校は、隠岐の観光名所を中心に隠岐の良さを紹介してくれた。

 体育館でバスケットの親善試合をした。磯小学校もバスケットに熱心に取り組んでいて、熱戦、盛り上がった。次に、再びホールで音楽交流。お互いの校歌を紹介。磯小学校が合唱に取り組んでいるのできれいな声で聞かせてくれた。次に内外海小の出番。和香さんのピアノ伴奏で、元気な校歌が響き渡った。お互いに大きな拍手を送り合った。梨穂さんの伴奏で「つばさを下さい」を元気に歌った。次に合同合唱で「With Your Smile」を石倉先生の指揮で歌った。(伴奏は和香さん)これがまた素晴らしい合唱になって、指揮をした石倉先生も鳥肌がたったと言われるくらい素晴らしいものであった。子どもたちは、交流を通して心を一つにした。そのあとホールで給食を食べながら談笑した。


■隠岐の島を巡る

 午後は磯小学校の6年生と一緒にバスで、隠岐の島を巡るプログラム。

 最初に向かったのは億岐家。隠岐の島で最も歴史のある家で、重要文化財に指定されている。ご当主の億岐央夫先生が案内説明をしてくださった。

 「玉若酢神社御霊会風流」という隠岐三大祭りの一つで、8頭の神馬が狭い参道を一気に社前まで駆けぬける馬入れ神事がある。この神事で、5頭の馬が億家の玄関土間に入って来てぐるりと回るそうです。

 隠岐家には明治維新の頃に、民衆が領主を追い出して自治を樹立するという革命が起こった歴史がある。その隠岐騒動の時の刀傷が億家に残っていて、子どもたちはその生々しい柱の傷から当時の歴史を想像していた。

 また、億家には大化の改新の頃に作られた「駅鈴」が伝承されて重要文化財になっていた。

 「八百杉」は玉若酢神社の境内にあった、幹周りが11メートルもある巨木で圧巻であった。若狭小浜の八百比久尼が植えたと説明看板にもあった。

 億さんの案内で玉若酢神社に航海の安全や家族の健康を祈り参拝してここを後にした。

 再びバスに乗って10分、国分寺の隣にあるモーモードームで「牛突き」を見学した。体重が900キロもある巨体の牛が、角を合わせて押し合う迫力ある牛相撲である。牛のパワーに圧倒されて観ていた。

 ここから、山間の道を走って「かぶら杉」や「乳房杉」を見学した。変わった形の杉の老木に隠岐の自然の豊かさと神秘さを感じた。

 東海岸の浄土ヶ浦へ。ここでは一休さんの話が伝わる。風光明媚な海岸だ。海岸に降りて記念写真を撮った。こうして、バスで隠岐の島の名所巡りは終わった。


■隠岐プラザホテル

 今日宿泊するホテル前まで送ってもらって下車。ここで、磯小学校の子どもたちと別れる。子どもたちは、堅い握手や抱き合って別れを惜しんでいた。

 このホテルは、天皇家が何度もお泊りになったホテル、きれいで広い部屋、各部屋からの展望が素晴らしい。18時、夕食。ごちそうが並んだ。お座敷揃って食事。宿の女将さんが子どもたちに話てくれた。

「隠岐の西郷の港は、北前船の頃から風待ち港です。沖で嵐になると、この港に入って待ったんです。みなさんは、船で小浜からこの西郷まで来てくれました。本当にようこそいらっしゃいました。」

 女将さんの流暢で短いご挨拶に旅の疲れがとれたような気がした。

■隠岐での見送り

 10月11日、6時起床、朝食。隠岐プラザホテルの10階のビューレストラン。最高の展望の場所で朝食。ここから雲龍丸の着岸している岸壁も見える。港に出入りする船がよく見える。西郷の街並みもよく見える。気持ちのよい朝。

7時15分、桟橋に着くと、磯小学校の子どもたち、校長先生、教頭先生、職員の皆さん、保護者の方も見送りに来てくださっていた。雲龍丸に乗船。紙テープでつながる手と手。

 永海校長先生が、赤いハチマキをしめてエール。子供たちの声も響いた。「内外海小学校ありがとう!」の看板をあげて見送ってくれています。子どもたちも、私たちも気持ちがいっぱいになって、目頭が熱くなりました。

「ありがとう!」「また会おう!」「さようなら!」

 桟橋と雲龍丸の間で何度も何度も声を掛け合いました。船が湾を出る頃にはもう声はかすかになり、人の姿も分からなくなりました。海の別れはこんなにも熱く、心あふれる。子どもたちと体験しました。人の出会いはうれしい。こんなにも気持ちが熱くなる。今回の体験交流学習の旅は、これまでの旅とは違うものでした。

 今日もいい天気です。海もおだやか、波は0.3m程度。子供たちの行く先、波静かであれ。
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■雲龍丸で聞いた漁業無線

 9時30分から、無線室で無線長の森川さんのご配慮で、漁業無線の現場を見学させていただいた。9時30分、毎日定時に入る小浜漁業無線局長の野村さん(健斗さんのお父さん)の無線をみんなで聞く。感動して聞いている健斗さんの顔、人生の中で貴重な体験だった。


■雲龍丸で授業

 水産高校の専攻科生の砂田拓視さんが、漁業実習の実際について、子供たちににプレゼンしてくれた。

 雲龍丸のこと、雲龍丸で獲る魚の話。メバチマグロ、メカジキなど、写真をもとに紹介してくれた。はえ縄漁業でマグロをとる作業の様子。中でも砂田さんが見せてくれたサメの歯は迫力満点だった。子供たちが質問や感想を言ってミニ授業はおしまい。


■境港入港

 昼前に境港入港。境港は大きな港で、4万トンの大型タンカーも停泊していた。下船してタクシーで境港駅へ。ここからは、班別行動。境港駅から続く

水木しげるロードを自由散策する。まずは、昼食。子どもたちはそれぞれに食べたい店を探していた。結局、二つの班がマグロラーメンの店、一つの班が、肉巻きおにぎりの店で食事をしてご満悦の様子でした。

 その後は、水木しげる記念館、妖怪神社、ほか、水木しげるのアニメをもとにした施設やお店があり、そこでお土産を買った。4時20分、いっぱいのお土産を手に提げて子どもたちは境港駅に集合。タクシーで港に向かった。

■境港出港

 境港を出港。デッキから岸壁にいる人たちに手を振る子どもたち。すっかり海の旅になれてきた子どもたち。

 夕食は雲龍丸の食堂でいただく。旅の最後の夜、料理長の佐久間さんが、大きなステーキを焼いてくださった。

■荒波を越えて

 夜8時過ぎ、荒れ模様になってきた。日本海にかかっている前線があり、今夜は荒れそうだ。陸の方では稲光が見えた。波風も出て来て船はゆったりと揺れ始めた。いつもの修学旅行だとUSJのジェットコースターでスリルを体験するが、この船旅は最後に前線通過の荒れ。子どもたち、船酔いは大丈夫か。水産高校の大門先生が船酔いの子どもたちを面倒観てくださった。何人か船酔いでつらい子には、上手に吐かせて楽にしてくれた。

 夜、何回か、各部屋を巡回、ミッドナイト、もの音ひとつ聞こえない、子どもたちはベッドに寝ている。

 この荒れは鳥取沖から丹後半島あたりまで続いていた、夜半から明け方4時頃まで。前線が船より速度を上げて東の方に行ったので、再び空が薄らと見えて来た。

■経ケ崎灯台

 雲龍丸は、今、経ケ崎を回って若狭湾に入ろうとしているところ。まだ、暗闇の海の向こうから一筋の光が見えてくる。あれは、経ケ崎灯台の光だ。

4時半、この光を見ながら雲龍丸は若狭湾に入っていく。子どもたちはベッドで静かに寝ている。

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■海の旅の終わり

 10月12日。この旅もいよいよ終わりに近づいてきた。この旅の子どもたちの様子は、携帯電話から写真を送って学校のブログで見れるようにした。たくさんのコメントもいただき、保護者の皆さんも子どもたちと一緒にこの海旅をしてきた。この旅を振り返りながら、テキストで長めの報告を書いた。



 海を越えて新しい地に向かい、そこで出会う人との交流は、子供たちの人生のページの中で、大切な一ページになるだろう。隠岐を出発する朝早く、見送ってくれた磯小学校の子どもたちや先生方、保護者の皆さん、子どもたちと胸が熱くなり、お互いの姿が見えなくなるまで手を振っていました。あれから、子どもたちの顔つきが少し変わったように思う。それまで船室で過ごしがちだった子どもたちが甲板に出て海を見たり、仲間とはしゃいだり、笑顔にあふれています。海の生活にもずいぶん慣れてきた。

 昨日の朝は、無線室で気象通報を聞かせてもらいました。健斗君のお父さんの声です。隠岐から境港に向かう船の中で、オバマ漁業無線局の放送が聞けたのは貴重な体験でした。耳を傾けている子どもたちの顔、こうして海の安全を守ってくれる多くの方がいること、真剣な現場を体感して、また、顔つきが少し変わったように感じました。

 あと2時間ほどで小浜湾に入るころです。海道をゆく、この旅は、子どもたちにとって多くの新しい体験がありました。最初は不安もありましたが、それを乗り越え、仲間と手をつないで、この旅をやり終えようとしています。全て、予定通り、有意義にやりおえようとしています。

昨夜の前線通過で、少し荒れた海も体験しました。鳥取沖から、前線の影響で船が揺れ、これまでの平坦な海面とは違う海になりました。ベッドの上で、天井を見ながら、少し不安になっていた子どもたち。しかし、また、海は元に戻ってきた。

 夜も徹してこの船を操縦し、働いてくださっている雲龍丸の荒木船長はじめ、乗組員のみなさん、子どもたちは、守ってくれる人のこと、感謝をより感じたのでしょう。船に乗船、下船する時も、大きな声で、毎回いい挨拶ができました。

 今回の旅は、携帯から写真と簡易な記事で、旅の報告をしました。保護者の皆さんから、多くのコメントいただきありがとうございました。コメントを拝見しながら、また、胸が熱くなりました。活動の様子をみながら、保護者の皆様も一緒に海道をゆく、旅をしていただいたのです。そして、子供たちを励まし、距離をおいて子どもたちの成長を見ていただいた。子どもたちは、応援してくれる人がいるということを親と離れて、これまでより大きく感じたのでは。

若狭湾がようやく少し明るくなってきました。冠島がみえます。ここを越えると小浜が見えてきます。すべて感謝です。



■若狭湾へ

 丹後半島を回ると空が白み始め、冠島が薄らと見えて来ました。子どもたちははナビデッキに上って若狭湾沖から望む風景を見ています。朝日が常神半島の方から上って来ました。昨夜の荒れで海には2m程度のうねりが残っています。しかし、これまでとは違う元気な子どもたちの姿がありました。朝日に顔が眩しく照らされています。若狭湾に入ると海は落ち着いて来ます。「あそこが久須夜ケ岳、小浜湾の入り口やね。」帰ってきました。予定より少し早く帰って来たので、船は7ノットに速力を落としてゆったり走っています。どんどん故郷が近づいて来ます。



■小浜港帰港

 部屋の片付け、清掃、荷物を整えて、ナビデッキに上ります。もうすぐ入港です。蘇洞門を見て、内外海半島を眺めながら、双子島を越えていよいよ入港です。一文字灯台を越えると迎えの人の姿がはっきり見えます。帰って来ました。

下船して解散式、山下梨穂さんが代表で挨拶をしました。保護者の皆さんが最高の笑顔で子どもたちを迎えてくれました。「海道をゆく」子どもたちの海の旅は無事終了しました。

 小浜水産高校の春日校長先生はじめ関係の皆様、雲龍丸の荒木船長はじめ乗組員の皆様、磯小学校の永海校長先生はじめ職員の皆様、隠岐の島町教育委員会の山本教育長はじめ関係の皆様、隠岐の島観光協会様、なれ寿司の実習でお世話になった森下佐彦さん、事前学習で巾着網漁の話をしてくださった熊谷実さん、この行事を応援してくださった小浜市教育委員会の森下教育長はじめ関係の皆様、玉若酢神社宮司 億岐央夫様、小浜のオキ時計店様、その他、応援してくださった多くの皆様に深く感謝して、航海記「海道をゆく」のご報告をさせていただきます。誠にありがとうございました。

水は命の源

かばた

水は命の源です。泊に湧き出る泉の話は前回紹介しましたが、今回は滋賀県の針江のかばたの話です。数年前に、ここを訪問して写真を撮りました。各家に泉が湧いていて、生活の中に生きています。泉には、鯉や金魚などが生活していて、洗い物をすると、残飯などをきれいに食べてくれます。環境を守る循環がみごとにされています。

 このことをブログ「海の道」(2009年7月)に書いて紹介しました。このブログを見てくださった方から連絡があり、この写真がIMF関係の展示会に展示されることになりました。お役に立てて光栄です。
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国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会」における併催イベントとして開催するの政府(財務省)の展示です。
(警備の都合上、一般の方はご入場いただけません)

展示期間:10月9日〜14日
場所:東京国際フォーラム
...
目的:海外から国際会議のため来日される要人、マスコミ関係者に日本の技術や、伝統的な文化をアピールする。
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ブログに書いた記事を下記に紹介します。

 琵琶湖畔に針江という170軒の集落がある。このうち100軒ほどの家には「かばた」という地下水が湧き出る水場がある。
 家の中にある内かばたと、外にある外にある外かばたがある。もと池から水がこんこんと溢れ出し、つぼ池に入る。つぼ池には、きゅうりやトマトやウリが冷やしてあって、夏の涼感がある。
「トマト食べていって」
 おうちのご婦人が気さくに声をかけてくれた。よく冷えていて、懐かしい家にかえったような時間。
「トマトのへたは、鯉にあげて」
と言われた。
 はた池に泳いでいる鯉にあげると、鯉は待ってたとばかりにトマトのへたを食べた。よく慣れていて、落ち着いていて、自然な感じで食べた。
 各家のかばたには必ず鯉を飼っている。鯉も家族の一員で、もう20年も30年も飼っているという。鯉はかばたの掃除屋の役割をしている。生活の中で自然を守るサイクルがうまく出来ている。
 さて、海の漁師の生活でも同じようなサイクルがあった。魚を料理したあとの頭や内臓は海に返した。魚が集まってきて、それを食べた。海の自然を守るサイクルができていた。
 最近、海にはビニールや発砲スチロールのゴミがあふれている。海の生き物が食べられないものが多い。
 環境を守るということは、自然を守る生活をすることだ。今日の消費生活の中ではなかなか困難だが、努力する価値はある。
 8月1日から「海の自然学校」が始まる。子どもたちが海で自然体験し、環境を考えるキャンプをする。

自然体験研修でスイッチ

 自然体験研修のスナップです。
 沖合にシーカヤックが並んだ光景は圧巻です。6mの岩壁からの飛び込みも大迫力でした。
 教師自身の自然体験を通して、新しい思いが湧き上がり、子どもたちの教育活動につながっていく。

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キッズから自然学校

キッズで来てくれた子どもたちが高学年になり自然学校に来てくれる、うれしいですね。当時の写真も見ていただき、子どもたちの成長を確認していただいているというコメントをいただき、このブログをずっと継続しておいてよかったと実感しています。子どもたちに会いにいきたい。

キッズから自然学校

キッズに参加した子どもたちが、自然学校に応募して参加しているのを知ってうれしいです。キッズの時の活動写真はこのブログでも満載なので、それを見てくださっていると聞いて、またうれしいです。大きくなった子どもたちに会いたいです。

遠泳大会

 自然の家の地元校、内外海小学校の遠泳大会がありました。犬熊海岸から阿納海岸へ沖を通って渡ります。「エンヤコーラ!」元気なかけ声で、全員が完泳しました。
遠泳116
遠泳115
遠泳19

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